大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1011号 判決

控訴人 松枝こと 千原マツヱ

右訴訟代理人弁護士 嶋原三治

控訴人 福沢礼二郎

被控訴人 宮内栄

右訴訟代理人弁護士 堀川嘉夫

同 上原洋允

主文

控訴人福沢礼二郎の控訴を棄却する。

原判決中控訴人千原マツヱに対する部分を取消す。

被控訴人の控訴人千原マツヱに対する請求を棄却する。

控訴人福沢礼二郎と被控訴人との間においては控訴費用は同控訴人の負担とし、控訴人千原マツヱと被控訴人との間においては訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、本訴請求原因事実については当事者間に争がない。

二、そこで先ず控訴人千原の抗弁について判断する。

(一)  昭和三四年一二月二〇日被控訴人および訴外堤外一郎共有の大阪市大正区北恩加島町一〇八番地の六、宅地一二七坪(ただし大阪市都市計画事業による土地区画整理区域に編入せられていたもの)につき、同人らと控訴人千原の夫千原重行との間に代金一九〇万円で売買契約が成立し、その後代金の授受を了して昭和三五年一月二三日右重行名義に所有権移転登記がなされたこと、右契約の締結は売主側は控訴人福沢が、買主側は控訴人千原がそれぞれの代理人としてその衝に当ったものであること、右土地の上には被控訴人および右堤共有の(ただし登記簿上の所有名義は前所有者のまま)六戸一棟の建物(それぞれ借家人居住)が存在し、右土地の仮換地指定後は移転または除却しなければならないことになっており、右売買契約成立前すでに大阪市より被控訴人および堤に対し右建物移転補償金として金一、五五八、〇〇〇円の交付決定がなされ、その内半額の七七九、〇〇〇円はすでに同人らに前渡され、残り半額は右建物を移転または除却した際支払われることになっていたこと、本件手形は右残り半額の移転補償金を控訴人千原が大阪市より受領し、被控訴人らに交付することとしたことに基き、その支払保証の趣旨で、控訴人両名が振出し被控訴人らに交付していた約束手形の一部の最終書替手形であること、以上の事実は弁論の全趣旨に照らし当事者間に争がない。

(二)  ところで前示売買契約の目的物件中に元地上の建物も包含されていたかどうか、同建物の移転および借家人の処置は売主、買主いづれの側の責任と費用負担においてなす約定であったか、延いて本件手形の支払義務発生の条件、時期について争があるので考えるに、成立に争のない甲第一、二号証、乙第一、五、七、八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第三号証、同第四、六号証の各一、二、原審、当審証人室田治人、当審証人堤外一郎の各証言、当審における控訴人福沢、原審、当審における控訴人千原および被控訴人各本人尋問の結果(ただしいづれも一部)に弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地売買の話は控訴人千原から控訴人福沢(不動産仲介業者)に土地購入の仲介方を依頼し、福沢より訴外室田治人にその斡旋を依頼し、室田が福沢を被控訴人および堤に紹介し本件土地を売ってやってくれと話したことに初まり、その後控訴人福沢において被控訴人および堤と交渉の結果売渡の承諾を得たので、控訴人千原を本件土地の仮換地先であると称する土地(実際は仮換地先は未だ決定しておらず、その後別の土地が仮換地先として明示せられた)へ案内して、この土地が換地として貰えることになっている旨申向けて、被控訴人および堤の代理人として、訴外千原重行の代理人としての控訴人千原と前記売買契約を締結したこと、ところで控訴人福沢は被控訴人および堤との間では実際の買主名を告げず一応自己を買受けの責任者として、本件土地(元地)をその地上の建物と共に代金一三〇万円で、右建物の移転、借家人の処置は買主側においてこれをなし、かつ、前示大阪市より交付される建物移転補償金(七七九、〇〇〇円)も売主側の所得とする条件で買受ける約定をする一方購入依頼者である控訴人千原に対しては、元地上に建物が存在し、借家人が居住している事実を告げず、更地売買なるが如く装って本件土地(元地)のみを代金一九〇万円で売買する旨の契約を締結し、契約当日手付金五〇万円を受取り、その頃これを右契約成立の事実を秘して売主側に交付し、その後翌三五年一月二〇日頃、自ら金八〇万円を調達して被控訴人宅に持参し、前記約定に基く残代金として売主側に支払い、それと引換えに本件土地(元地)の権利証(乙第八号証)、登記原因証書(乙第五号証)その他所有権移転登記に必要な書類の交付を受けた上(本件土地の権利証は共有者の一人堤が所持していたので残代金の支払と同時に同人の手から福沢に交付された)、同月二三日右書類を持参して控訴人千原と共に、同人が前もって融資を依頼しておいた大阪市南区順慶町二丁目所在株式会社京都相互銀行大阪支店に到り、右土地につき、被控訴人および堤より千原重行名義に所有権移転登記手続と同人より右銀行に抵当権設定登記手続をなした上、控訴人千原において夫重行名義をもって同銀行より金一五〇万円を借受け、その場でその内から金一四〇万円を控訴人福沢に残代金として支払ったこと、ところでその後控訴人千原において市役所関係につき調査の結果、本件土地の仮換地先は未定であるのみならず、元地上には借家人居住の建物が存在していることが判明したので、控訴人福沢に対しその責任を追及したところ、仮換地先については別の良い土地を指定して貰うように努めるし、また元地上の建物の移転、借家人の処置も福沢と被控訴人において責任をもってやるから安心してくれと申したので、控訴人千原は右福沢の言を信じてこれを了承した。そしてその後同年四、五月頃福沢に伴われて被控訴人方に到り、(控訴人千原と被控訴人とはこのとき初めて面接した)両名より、さきに見せられた土地の附近の他の土地へ案内せられ、ここには広い道路もつくことになっているからこの土地を換地として貰おうと思っているとの説明を受けたが、その際控訴人福沢より、実は元地上の建物移転につき大阪市より補償金が交付されることになっているが、土地の所有名義が重行に変ったので重行に交付されることになる。しかしこの金は被控訴人らに渡して貰わないと建物の移転ができないので控訴人千原において大阪市より受領して被控訴人らに渡してほしい。ついては右受領金の支払保証の趣旨で補償金に相当する金額の約束手形を振出して被控訴人らに差入れておいて欲しい旨の申出があったので、建物の移転、借家人の処置はさきに福沢が言明したとおり同人や被控訴人らにおいてなすものと信じていた控訴人千原は、その費用に右補償金を充てるもので、同控訴人としては唯大阪市より補償金を受取って被控訴人らに渡しさえすればよいものと考えて右申出を承諾し、右手形振出の手続を福沢に委せて自己の認印を預けたこと、そこで控訴人福沢は大阪市より交付さるべき移転補償金七七九、〇〇〇円を二等分した金額三八九、五〇〇円宛の二通の控訴人両名振出名義の約束手形を作成した上、被控訴人と堤に各一通を交付し、その後右手形は数回書替えられて後(右書替手形のうちにには控訴人千原が自身で署名捺印したものも含まれている)堤に交付せられた一通は控訴人福沢において自己資金をもって決済したが、被控訴人に交付せられた一通は甲第二号証の手形を甲第一号証の手形(本件手形)に書替えの際控訴人福沢より控訴人千原に対し被控訴人において金の必要があるので二万円だけ現金で立替えて支払ってやってほしい旨の依頼があったので、金二万円を支払い、その残額三六九、五〇〇円が本件手形金額となったものであること、以上の事実を認めることができ、前掲各証人および当事者本人の供述中叙上の認定に反する部分は措信しない。

被控訴人は被控訴人らと訴外千原重行との間における前掲売買契約の目的物件中には元地上に存在する建物も包含されていたものである旨主張するけれども、前掲乙第一号証(売買契約証書)および乙第五号証(売渡証書)に物件の表示として単に前記宅地の記載があるのみで地上建物の表示がない点、土地については登記済権利証(乙第八号証)の引渡がなされているが、建物のそれについては引渡がなされておらず、また所有権移転登記も単に土地についてのみなされ建物についてはなされていない点(これらの事実は弁論の全趣旨によって明らかである)に、原審、当審における控訴人千原本人尋問の結果を綜合すると、建物は包含されていなかったものと認むべく、前掲証人室田治人の証言、控訴人福沢および被控訴人各本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、甲第三号証も後記のとおり証拠資料となし難く、建物が土地区画整理のため早晩移転されることになっていた事実も被控訴人の主張を首肯せしめるに足りない。

また被控訴人は元地上の建物の移転および借家人の処置は控訴人千原側の責任と費用負担においてなす約定であった旨主張するけれども、前認定の如く建物は売買の目的物となっていなかった点、建物移転補償金は被控訴人側において収得することになっていた点、原審、当審における控訴人千原本人尋問の結果に照らし控訴人千原側において右の如き約定をなしたものとは考えられない。前掲証人室田治人の証言、控訴人福沢および被控訴人各本人の供述中には本件土地の売買価格は時価に比し割安であったため、建物の移転は買主側の負担においてなし、移転補償金は売買代金外において売主側の所得とする約定であったとなす部分があるけれども、前認定の如く右約定は控訴人千原の関知しない控訴人福沢と被控訴人ら間のみの約定であって、控訴人福沢が被控訴人らの代理人として訴外千原重行との間に成立せしめた乙第一号証の売買契約においては右の如き約定は存しなかったものである。また右室田証人、控訴人福沢および被控訴人各本人は、昭和三五年一月二〇日頃被控訴人宅に控訴人千原、同福沢、被控訴人、右室田らが参集し残代金の授受をなした際甲第三号証契約書記載の約定をなした旨供述し、甲第三号証には右被控訴人の主張に副う記載があるけれども、

(1)  本件土地売買残代金支払の経過は前認定のとおりで、先ず控訴人福沢が被控訴人らとの約定代金の残金八〇万円を被控訴人らに支払い、次いで京都相互銀行大阪支店において訴外千原重行との間の売買残代金一四〇万円を控訴人千原より受取ったものであって、被控訴人宅において控訴人千原、同福沢、被控訴人、訴外室田列席の上で残代金の授受がなされたものではない。当審における控訴人千原本人の供述によれば、控訴人福沢は当時控訴人千原を被控訴人に面接せしめることを極力阻止していた形跡が窺われるし、売主、買主本人会合の席で残代金の授受をなせば前記控訴人福沢のからくりも暴露するおそれがあるから、これらの点から考えても前記室田証人、控訴人福沢および被控訴人各本人の供述はたやすく措信できない。

(2)  甲第三号証契約書によれば、被控訴人および堤外一郎所有の本件土地および地上の建物を控訴人千原および同福沢に売渡したにつき、控訴人両名は都市計画による右建物移転後も引続き同建物をその借家人に賃貸続行の責任を負い、かつ、右建物移転補償料は売買価格より除外し、被控訴人および堤が受取るものとし、その支払は控訴人両名の責任とする旨記載されているが、右契約はさきに被控訴人および堤と訴外千原重行との間に成立した乙第一号証の契約(この契約が成立したことは被控訴人も自白している)と買主および目的物の範囲(建物が含まれている点)において異るのみならず、契約条件も買主側の負担を加重したものであることが明らかであるから、乙第一号証の契約がすでに代金の支払および所有権移転登記手続を完了した段階において、控訴人千原が突然かかる不利な変更契約に応じたものとは到底考えられない。

もっとも控訴人千原においてその後右建物の借家人が供託した家賃を受領し、右建物の固定資産税を支払った事実があることは控訴人千原の認めるところであるけれども、当審における控訴人千原本人尋問の結果によれば、右は控訴人福沢が建物は自分らの方で移転するがそれまでの間控訴人千原の方で家賃を受取って固定資産税を支払っておいてほしい旨申出て来たので、深い考えもなくそのとおりにしたもので、勿論建物をも買受けたことを承認していたものではなく、むしろ福沢の策謀に乗ぜられたものと認められ、これに反する控訴人福沢本人の供述は措信できない。

また被控訴人宅に控訴人千原、借家人らが参集した席上、控訴人千原が換地先に三階建のビルを建てそこに借家人を移転させることを了承した旨の被控訴人の主張もこれを認めるに足る証拠はない。

(3)  甲第三号証契約書における控訴人千原名下の印影が同人の認印により顕出されたものであることは争がないが、控訴人千原の署名が控訴人福沢の筆蹟であることは控訴人福沢本人の供述によって明らかであり、すでに認定した諸事実に、控訴人千原本人の供述を綜合すると、甲第三号証における千原松枝の署名押印は控訴人福沢が控訴人千原不知の間に同人の認印を冒用してなしたもので、同号証は控訴人千原の関知しないものと認むべく(手形作成のため控訴人千原が福沢に認印を預けていたことは前認定のとおり)、証人室田、控訴人福沢および被控訴人各本人の供述中残代金授受の席上控訴人千原において内容了承の上甲第三号証に自ら押印したとなす部分はたやすく措信し難い。

そこで本件の結局の争点である前掲控訴人ら振出の手形は大阪市より建物移転補償金の交付がある前でも、換地先の土地明示後六ケ月以内に控訴人千原の責任において支払うべき約定であったかどうかについて考えるに、この点に関する被控訴人の主張は元地上の建物も売買の目的物件中に包含せられ、同建物の移転と借家人の処置は控訴人千原側の責任と費用負担においてなす約定であったことを前提とし、甲第三号契約書第六項を根拠とするものであるが、右前提事実の認められないこと、甲第三号証契約書も控訴人千原不知の間に作成せられたものであることは前認定の如くであるから、右被控訴人の主張はこれを肯認するに由なく、前掲証人室田、控訴人福沢および被控訴人各本人の供述中被控訴人の〈省略〉は措信できない。

そうすると前認定の如きいきさつ、趣旨で手形を振出すことになったものである以上、本件手形は、控訴人千原と被控訴人との間においては、控訴人千原が大阪市より建物移転補償金を現実に受領しながらこれを被控訴人に交付しない場合において初めて控訴人千原にその支払義務が生ずるものであると認むべきところ、控訴人千原において未だ右補償金を受領していないことは弁論の全趣旨によって明らかであるから、控訴人千原の抗弁は理由があり、被控訴人の同控訴人に対する本訴請求は失当として棄却すべきものである。

三、次に控訴人福沢の抗弁について考えるに、同控訴人の主張は結局本件手形は同控訴人において手形債務を負担しない約定の下に振出したものであるからその支払義務がないというに帰するが、当審における同控訴人本人の供述中右主張に副う部分は原審、当審における被控訴本人の供述に照らして措信し難く、他に右抗弁事実を肯認するに足る証拠はない。

そうすると控訴人福沢は被控訴人に対し本件手形金三六九、五〇〇円およびこれに対する満期の翌日である昭和三六年一二月四日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務がある。

四、よって原判決中控訴人千原に対する部分は不当としてこれを取消し、控訴人福沢に対する部分は相当として同控訴人の控訴は理由なしとして棄却すべきものとし、〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例